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 第四、富をなす要素は利に利を積むにあり。神武天皇即位の年から今日に至るまで二千五百八十九年間、僅々一厘の年五朱の複利計算は、兆の兆倍のそのまた三千百三十四万八千ニ百七十六兆倍というほとんど数え切れない金高になる。百円の資本で、一時は千円二千円と儲けても、その次に千円二千円の損をすれば、権兵衛太郎兵衛で何にもならぬ。それよりも五朱か六朱の薄利でも、必ず一定の利益を生むものに方資し、その得た利益金を更に放資し、かくして利に利を積めば、苦労せずに自然に金持ちになれるのだ。
 そうであれば、サラリーマンでも小商人でも、倹約して暮らしてその余金で株なり、土地なりに放資し、この利に利を積んで富を作る道を忘れてはならぬ。だが、不幸にして我国の将来は株式や土地に放資して、これまで通りの利殖を挙げ得るか否かは大いに疑問だ。さりとて、公債社債も感心しない。私は、むしろ読者諸君に、今後如何にすれば有利に積利し得るかを聞きたいと思う。
 以上、倫約、計数、幸運、積利の四項は、岩崎弥太郎流の成功にも、安田善次郎にも、各務鎌吉にも、はたまた、辰馬吉左衛門にも、すべての成功者に共通の成功常道である。故に、これらの人々にならって成功を欲する青年諸君は、右四項を薬として常に服用すべきである。大胆とか太っ腹とかまた利口とかは、断じて財界において成功する要素ではない。否、むしろ害になる。金子直吉の挫折の因は種々あろうが、彼が大胆で太っ腹なのが因をなしたのだ。
 徳川家康が、ある時陣に臨んで丸木橋にかかった時、馬から降りて馬の手綱を手に持って徒歩で渡った。心なき者は、その臆病を嘲ったが、この臆病、この用心堅固こそ、後年家康に天下を取らしめたのである。人殺しを商売とする戦国時代においてすら大胆は無用だ。いわんや、算盤を基礎とする平和の財界においてをや。また、利口といえば、益田孝の利口は天下一品だが、益田は利口だっから、かえってその大をなさなかったのだ。
 身体が頑強も結構だが、処世は相撲や柔道ではない。益田、団、原田らは、どちらかというと身体虚弱な方だが、細心の注意によって、能く健康を維持し、今日の成功を遂げている。
 さて、かく申す桃介自身は如何。私は、決して大金持ちではない。けれども相当の富をなし、悠々自適、病を養い得ている。それはそも何故であるか。
 私は元来蒲柳の質で、二十六七歳の頃肺患に罹り、その後も時々病に冒され、殊に昭和二年には瀕死の重態に陥ったこともある。また、大胆太っ腹ではなく、極めて臆病だ。荘田に似て頭は機敏に働くが、そのため深く慮らず数理を研究せず、つい調子に乗って直ちに後悔する悪癖がある。利に利を積むは致富の要諦なりと知りつつ株式に手を出して、儲けてはまた損をし、結局働き損のくたびれ儲けに終わった。
 それにも拘らず、事業において大過なく財界を引退騰た今日、安楽に余生をおくり得るのは、一に観音の信仰と質素僚約の賜だ。読者諸君!信仰倹約の功徳の無量なるを夢々疑うこと勿れ。(大尾)ーー昭和四年秋記すーー