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佐々木勇之助(1)

 昨秋の御大典に際し、政府は実業家中から国家の功労者を選抜奏請して、昿古の盛儀に列せさせることにした。その時、銀行家代表として三井の池田成彬、三菱の串田万蔵の名が、チラホラ新聞に出た。この両名は、ちょうど我国銀行家の代名詞でもあるかのように何かと引き合いに出されると見えて、早速そそっかしい気の早い新聞記者たちに推薦されたのである。そして、銀行家として第一人者である佐々木勇之助の名はどの新聞にも出なかった。
 だがら、私は、もし佐々木勇之助がこの恩典に浴さないなら、彼が主宰する第一銀行は取り付けの悲運とまでは行かないにしても、預金がだんだん減って遂には二流銀行に落ちるであろうと、心中切に懸念に堪えなかった。しかし、いよいよ人選が決定して、いざ発表の段になると、池田、串田の名はどこへやら影を没し佐々木勇之助の名が、デカデカと筆頭に出たではないか。私は思わず快哉を叫んだ。世間に馬鹿者は少くないが、預金者というものほど馬鹿なものはない。三井銀行は、このほど二千万円という巨費を投じて、大伽藍を新築した。二千万円といえば、実に三井銀行の払込費本金六千万円の三分の一に当たる。これだけの資金が固定すればーーもっとも新築費は、三井合名で支出したという説もあるがーー銀行の活動力が減殺され、同時にそれだけ銀行の信用が低下するはずだ。にもかかわらず、預金者の頭にはそれが反対に映ると見えて、輪奐の美、結構の大は、預金者を眩惑誘導して預金は益々増えるばかりだ。三井に限らず、銀行という銀行が、こぞって建物を立派にするのは、この馬鹿な預金者の心理状態をとらえた結果に他ならない。
 この建物の中には、壮麗な沢山の保護箱がある。そのところへ行って、この保護箱を開閉するのが一種の誇りとなっている。必要もないのに金を棄てて、この箱の使用を申し込むモボ郎モガ子たちが随分多いという。呆れ果てたものだ。
 そういう情けない世相だから、最初新聞紙の報導通り、池田、串田が入選して、佐々木が除外されるとなると、預金者は、やはり第一銀行の信用が、三井、三菱に比して遜色があると同時に、佐々木の人物もまた両田に劣るものと早合点し、第一銀行の預金を引き出して三井、三菱に預け替えることになるだろう。
 しかし、天の公平なる佐々木をして御大典の盛儀に列せしむるの栄冠を与えた。ために第一は預金引出しの厄禍を免れ、相変わらず三井、三菱と相並んで一流銀行の面目を保ち得るは、独り第一銀行のために祝福するのみならず、我財界のためにも慶賀に堪えぬ次第だ。
 我が財界は、渋沢栄一、大橋新太郎大川平三郎らのような千手観音で満たされている。が、また一人一業主義を厳守して成功した者も少なくない。就中光っているのは、故人では三十四銀行の小山健三、現在では東京海上の各務鎌吉、第一銀行の佐々木勇之助の三人だが、小山には新聞記者を操縦するとか、皮肉演説を飛ばすとか、多少虚名を博したいという茶気があり、また各務は還暦後もうろくしたのか、うかうかと郵船会社の社長にかつがれるなど幾分「世間」を気にしているような嫌いがある。佐々木は、明治六年第一銀行の創立と同時に入行し、依頼今日に至るまで五十六年間、未だかつて足一歩、第一銀行の窓外に躊み出したことがない。正にこれ国家の珍宝である。