という風で、相当の人物もあっただろうが、金子の他に名の知られた者は、ロンドン支店長を勤めた高畑誠一くらいのものだ。藤田謙一、金光庸夫、長崎英造ら相当世間に名を売った者もあるにはあるが、これらはみんな外様で子飼いの店員ではない。
三井物産は、明治九年に創立され、今日に至るまで、その間五十有余年、事業の発達に伴い人材も出来た。鈴木は大戦勃発後、短時日の間ににわかに大きくなったもので、人物がこれに伴わなかった。これも失敗の一原因ではある。
金子は大の寒がり屋だ。平素着ているラクダの背広には裏に真綿が入れてあり、しみったれには似合わず一着二百円くらい奮発した高価なものだ。粗服を着ているなどと軽蔑するのは間違っている。
金子は湯が大嫌いで、入浴は月に一度くらい。それからまた扇風機が大嫌いとある。山下亀三郎は、この呼吸を呑み込んでいるから、金子との談判にたじたじと来ると、早速扇風機を金子の方に向けて金子を降参させる。
鈴木丸は、すでに暗礁に乗り上げて沈没した。船長金子は、これの引き揚げに日夜腐心している。さていよいよ浮き上った時、何程の貨物が残るか。また、金子は従前通りこの船に乗って航海を続けるか。はたまた政界に乗り出して日本丸の船長となるか。もしくは仏門に入って衆生を済度するか。あるいは伯夷叔齊となって深山に隠遁するか。こればかりは解けぬ謎である。
金子は、碁将棋書画骨董等の道楽がない。詩も作らぬ。歌も詠まぬ。時々発句はやる。大正十一年の春、窮迫の結果、銀行に頭を下げざるを得なくなった時のこと、金子の心も知らず無心に咲き誇る窓外の花盛りを見て、
背水の陣屋を囲む桜哉
と唸ったものだ。
これがなければ金子は一層よい男なんだが…、珠に疵か疵の珠か。