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金子直吉(7)

 私はこのほど、名古屋の友人に会って色々世間話の末、こう世間が物騒になっては、東京の大銀行であっても安心できないから、名古屋の愛知銀行名古屋銀行等に分けて預金してはどうかと話した。ところが彼が言うには、とんでもないことだ、名古屋の銀行家はケチでお賽銭をあげないから、いよいよという場合には見殺しになる。それに反し東京の大銀行は、普断お賽銭を、いざという瀬戸際には日銀なり政府が助ける。だからやはり東京の大銀行の方が安心だと。何と諸君、時弊を穿ち得て妙ではないか。
 金子は、主家を潰し、台湾銀行に迷惑をかけた。とはいうものの、台湾の樟脳製造法に改良を加え、樟脳ハッカの輸出販路を開拓し、欧州大戦が始まるや、政府に戦時海上保険補償令を発布させ、輸出貿易の円滑を図り、船鉄交換に成功し、十五億の正貨を海外から吸収し、国家に必要な基礎的工業の基礎を確立する等、国家に対する貢献は甚だ大きいものがある。それよりも、偶然ではあったであろうが、金子の品行方正から、政界腐敗のお手伝いをしなかった消極的功労に対して、国家は金子に深く感謝してよかろう。
 金子は博聞強記、あたかも大谷光瑞を彷彿させるものがある。大谷は、哲学仏学はもちろん機械天文に至るまで造詣が深い。しかし、悲しいかな、これを消化し応用する才能が足りないように思われる。そこへ行くと、金子は、哲学仏学こそ学ばなかったが、事業商売にかけては、何一つ知らぬことがない。のみならず、これを消化応用する術も心得ている。また、他人の説を聞いて直ちにこれを自説と融和させ、全くの自家の意見として吐き出すことが上手だ。たとえば、山下亀三郎が金子を訪問し、船舶のことについて意見を述べると、金子は「へい、そう」ーー金子は、他人が何か喋る時は、必ず「へい、そう」を連発するので有名だーーと聞いており、直ちにその説のよい所を探って自分の頭にあるものと組み合わせ、次に勝田銀次郎が来ると、自分と山下との説の化合物を自説のようにとうとうと勝山に講釈する。そして勝田が喋ると、例の「へい、そう」を連発して聞いている。その次に松方幸次郎が来ると、自分と山下との化合物に勝田の分を混和して、松方をまくし立て、なるほどと感心させて帰す。その喋り方は実に堂に入ったもので、理路整然一糸乱れぬ名調子である。
 現今、東京における座談の雄は、なんといっても杉山茂丸島田俊雄の両者であるが、この両者は、談話中にちゃり滑稽が混じるから真面目な談判には不向きだ。また、大正十四年一月の我国の貿易は、輸出一億八千百六十七万、輸入二億四千八十二万六千、差し引き五千九百十五万六千円の入り超などと、細い数字まで並べ立て、堅白異同の弁を弄する者に山本条太郎があるけれども、富士山の高さは海抜一万二千四百六十七尺四寸が正しいのに、一年すなわち十二月三百六十五日と覚えておけばよいと信じて、その高さは一万二千三百六十五尺と説明して得々たる者のあるように、山本条太郎輩の数字には住々でたらめがあるから、具眼者ならば、また例の法螺かと相手にしない。だが金子は、綿密に精確に取り調べて記憶しているから、細い数字を列挙しても、少しも誤りがない。すなわち「アルゼンチン」の港「ブエノスアイレス」からドイツの「ハンブルク」まで六千六百一里だから、国際汽船の百合丸もしくは八重丸(各一万トン級の船で速力十里ないし十一里)を以てすれば、何隻で何日間に、何程の小麦が運べるかをはっきりいう。また、米国「ニューオリンズ」から英国「リバプール」まで四千五百三十二里、「ガルベストン」から四千七百二十六里だから、以上の船ならば何日で何程の綿を送れるか、また、「ブエノスアイレス」は「ラ・プラタ」の河口にあり水深二十六尺、「ニューオリンズ」は「ミシシッピー」の河口水深三十尺、また「ガルベストン」はこれら両港に比し一層雄大で、縦横の桟橋合わせて三十二本、水深三十五尺、遠洋航海船同時に百隻を繋船することが出来る等の事まで詳細に説明する。だから、単に相手を感服させるのみならず、応対談判に敗をとったことがないという。これ皆、金子が少年時代、質屋奉公中に胸算用で割り出すコツを会得した賜である。