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原田二郎(3)

 原田は、無欲恬淡、八十一歳の老人で、妻もなければ子もない。養子養女をする考えもない。その積み上げた財産は、現金、公債、社債等で二千万円を下らないという。世間には、資産何千万円といわれる人もあるが、この何千万円の中には地所もあれば株券もある。時には借金もあろう。原田の二千万円はそういう手合いのと全然違って正味の二千万円だ。これが鉱山を掘り当てたのでもなければ、株式や土地で儲けたのでもなく、孜々営々利に利を積んで作り上げたものだ。人間業とは思われない。
 原田は、この大財産をどうするつもりか。原田と性格において相似た故安田善次郎は、自分の実子でも飽きたらず、他人までを養子にしてその財産を継承せしめたものだ。それに引き換え原田は、友人の清浦奎吾や後藤新平らが財産の使い方について色々献策しても、どうせ人間の家は二代三代目で潰れて後は無縁になるんだから後継はいらぬといっている。どう見ても、原田は女に惚れられるなどという生やさしい男ではなし、さりとて失恋の結果とも思えぬ。それは偽らざる彼の本心であろう。悟り切ったものだ。
 原田は、どちらかというと虚弱な身体の持ち主だ。だのに、八十一歳の今日まで生き延びているについては何か養生法でもあるかというに、特別の養生法はないらしい。老子を学んだのかどうかは知らないが、安静が最大の養生法と考えているらしい。寝る事が大好きだ。また、原田の長便と来たら有名なもので、痔疾の故もあろうが、とにかく、便所へ行くと出て来るまでに一時間はかかる。知人が原田を訪問して、只今御用便中と聞くと、「ああ左様ですか、それでは二三軒用を達して、また来ます」と出るのが恒例になっている。
 当の原田も、便所で長時間かがんでいるのが苦痛と見えて、寝ながら用便をする修業を積んだ。今日では免許皆伝とまで行ったらしく、寝ながら悠々と用を達している。これがまた原田の大の自慢で、病気になって絶対安静を要する場合、大概の人は慣れないから寝ながら用便が出来なくて、医者や看護婦を手こずらすが、自分はふだんの修業から他人に真似の出来ない寝糞が上手だといっている。
 原田は、佐々木弘綱の門に学んで、折うし歌というものをひねくることがある。その一つに、

 ますらをの真心こめて一筋に
   思いいろ矢のとおらざらめや

この歌を如実に実行したのが原田の生涯だ。