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まえがき

 経済雑誌 「ダイヤモンド」に発表した『財界人物我観』が、内容に厳密な改訂を加えたとはいえ、おこがましくも装を凝らして、ここに二度のつとめに出るなどとは毛頭想像だにしなかった。いささか面はゆい感がする。
 顧みれば昭和三年の暮、ダイヤモンド社から、私に財界の人物月旦をしてもらいたいという依頼を受けた。私は財界に比較的多くの知己を持ち、表裏の事情にも多少通じている。それに今や財界を引退して、静かに病後を養う身であってみれば、一応この辺で過去を振り返って見ることも、自己反省の修養になる。労々、浮沈の多い財界に処して、成功するにも失敗するにも、その人の性格と環境に応じてそれぞれ異った型があり、その型を、実在の人物を材料にして御披露するのも、あながち無益の業でない。と考えたので、乞われるままに引き受けはしたものの、やり出して見ると簡単には行かず、かつ、何事にも凝り性の私のことだから、事実の調査には随分苦心をした。そして昭和四年の初めから秋へかけて忙しく駆けずりまわった。あまりの熱心にハクの者から、身体のためによくないからよせという忠告をすら受けたほどであった。こうしてようやく出来上がった本書ではあるが、なお意に満たない点が少くない。いずれ他日に補正の機を得たいと思っている。
 材料や写真の収集には、各方面の人々のお手数を煩わした。この機会において深甚の謝意を表しておく。
 愛児『財界人物我観』を世に送るにあたり、一言、汝の来歴を述べて、序に代える。
 昭和五年一月
福沢桃介