ところが、私が平素崇拝するある知人がこれを読んで、親しく私にいうにはーー
「従来新聞雑誌に現われた財界の人物評は、斯界に門外漢の記者操觚業者の筆になったものだから、多少事実に誤まりがあり、批評に正鵠を得ぬ点があっても世人は我慢するであろう。だが、君は君自身が財界で育った人であり、財界の表裏に精通した事情通だから、たとえ君が冒頭において『世の中は嘘三割真七割』などと言い抜けても、世間は君の言うことを一から十まで事実と信じるに違いない。もし、間違ったことを言えば、世人を欺罔する罪軽からざるものがある。またその批評は、君平素の悪戯気を捨てた公平なものでなければならぬ。そして、なお注文を許されるならば、世間並の人物を挙げるより、何か変わった特徴のある人物を選んでもらいたい。その方が、読者を益することが大きいであろう」と。
私は至極もっとも思った。以来、私の人物我観は、同誌の新年号から九月十一日号まで二十六回にわたって連載したが、ある人を選んで月旦するに当たっては、慎重の上にも慎重の態度を執り、現在生存中の人ならば直接本人について聞くのは勿論、その人の妻女朋友使用人から、時にはその人に好意を持たない反対の方面から聞き漁る等出来るだけ手を尽くして事実を取り調べた。それを、私は一々「ノート」に書き取って置き、いよいよ材料が整備すると、まず私は脳中に批評の「アウトライン」を構成して、私が喋って書記の大石久太郎に筆記させる。出来たものを、私が二度も三度も繰り返し読んで訂正添削したのちダイヤモンド社に原稿を送り、字句の変なところに筆を加えてもらって、初めてダイヤモンド誌上に載せることにしたのである。
さて、特徴あるうんぬんの注文で、ニ三知人の説を参酌して批評すべき人物を選定したのだが、簡単に各人物の特徴を述べるとーー
岩崎弥太郎は、いわずと知れた三菱王国の鼻組。
荘田平五郎は情実に拘泥せず、架空の話を排除し、条理と計数を基礎として一切を処理した人物だ。
益田孝は私の知る範田における最も鋭敏な頭脳の持ち主である。かつ我が海外貿易に貢献した第一人者である。なお彼の偉大なところは、松平不昧公と同じく茶道における古今の大家として、万世にその名挽止むるにある。
小菅剣之助は、米相場師である。相場師などというものは、多く悲惨な末路に終わるものだが、小菅ばかりは千万長者になった。しかも将棋の天才で、八段という他に類例のない余技を持っている。
川田小一郎は、岩崎弥太郎を助けて三菱王国を築き上げ、のち日本銀行総裁となった。実業家として彼ほど権勢をほしいままにした者は前後を通じていない。
三井八郎右衛門は、三井王国の主人公として人格素行ほとんど完全無欠といってよかろう。
安田善次郎は、赤手空挙貧より身を起こして、独力一代にして一億の富をなしたるもの。正に維新後における新日本の商傑というべきだ。
団琢磨は寡言深慮、天下の三井の大黒柱としては申し分がない。大富豪の模範的管理者だ。
原田二郎は、孜々営々に二千万円の富を蓄積した。しかも、相場もやらず思惑もせずに大富豪になったのだ。こうして蓄積した大財産を子孫に残さないというのだから、彼もまた変わり者だ。
豊田佐吉は、世界的な機械発明家で、なおよく産を作った。発明家にして金持ちは古今に珍らしい。
鬼頭幸七は、自ら奉ずること極めて薄く、精魂を主家に捧げ尽くす誠忠無二の士だ。