不二樹熊次郎、この男は大阪桜の宮の日本製糖会社の専務をしていた男だが、単にそういったのでは通りがわるい。当時、大阪南地に盛名を馳せた名妓八千代の旦那兼色男の不二樹さんといえば、天下で知らぬ人はなかろう。鈴木商店は、前にも話した通り、当時砂糖と樟脳が商売だから、不二樹とも商売上の交渉があった。ところが、不二樹の会社から砂糖を買うには、不二樹をお茶屋へ招いて八千代を同席させて歓談しなければ話が旨く運ばない。品行方正な金子にはお茶屋入りなどという世間並の芸当はできない。勢い商売がしにくい。そこで一つ自分で製糖会社の設立を思い立ち、三分の二は鈴木、三分の一は藤田助七が出資して門司の傍の大里に工場を建てることにした。不二樹始め製糖事業関係の者たちは、大里の水には「アンモニア」が一杯あるから工場が出来上がっても砂糖は出来まい、結局、工場は潰れて鈴木の連中は可愛想に石と煉瓦を抱えて大里を引上げるであろうと嘲笑していた。金子はこれに屈せず、遂に立派な工場を打ち建てたが、さて運転開始の段になると不二樹の祟りか不思議にも砂糖が固まりがちで、東京や大阪の製糖会社で出来るようなものが出来ない。従って製品が高く売れない。
この固まりがちの原因を段々調べて見ると、これは「ディスインテグレーター」という砂糖を攪拌する機械に欠陥があり、かつ運転に不熟練であったことが判った。
この機械の名称について面白い話がある。金子は英語に通じないから、教えた人が誤ったのか金子が聞き違えたのかこの機械の名を「レキセンリグレット」覚えた。そしてこの機械の扱い方を知るために京都大学に行って某博士に面会した。ところが、「レキセンリグレット」という機械はないという。金子はあるという。押し問答の末、それが「ディスインテグレーター」の誤りであることが判った。けれども、負け惜しみの強い金子は、「ディス」でも「レキ」でも要するに発音の相違に過ぎない。現に米国人はポールモール(紙巻煙草の一種)と呼ぶが、英国人はペルメルと発音するじゃないか、と当意即妙をやってのけたので大笑いをした事がある。
さて、この原因は判ったが、それを改善する技師も職工も大里にはいない。金子は大いに弱って外国へ電報して西洋人を雇い入れようと決意した。そこへ、ある日一人の職工らしい男が訪ねて来た。金子が何事だろうと会って見ると、その男はとうとうと砂糖の製法を話し出した。まず砂糖製造の秘訣は、糖蜜の色素を去り無色透明にして、これに硫酸を加えてブドウ糖に変化させる、これを「ピスコ」という。この流動体を下からポンプで押しあげて、霧の状態において吹き込む…などとやり出し、加えて「ディスインテグレーター」の運用効能を詳細に説明した。金子は『天使来たる』とばかりに喜んで、どうしてこのところへ来たか、どこから来たかと尋ねると、またその返事が振るっている。「実は自分は桜の宮の精糖工場にいて、長年この機械を扱っていた職工だが、先日不二樹専務が工場へ来られた際、ポケットから一枚の写真を取り落として行った。自分は何心なく拾い上げて見ると、すこぶる美人、聞けばこの美人が八千代という専務寵愛の芸妓だとのこと。自分らは職工ではあるが、一生懸命に事業のために働いているのに、専務は芸者遊びをしてしかもその写真を懐中してほうけているとは沙汰の限り、そういう人に仕えるのは潔しとしない。これに反して、大里の首脳者である貴下は、品行極めて方正で、真面目に事業のために奮闘しておられることを知り、貴下の人格を慕い、貴下の下で働きたいので桜の宮から暇を取って来ました」と、じゅんじゅんと説き去り説き来たるその態度が熱心なことに金子は大いに喜んで早速その職工を重用し、遂に桜の宮に優るとも劣らない優良品を作り出すようになった。
この大里工場は、明治四十二年六百五十万円で大日本製糖に売って、鈴木が一躍千万長者になったことは、世人周知の事実である。因果はまわる小車の、品行方正で砂糖製法問題を容易に解決した金子が、後年その品行方正に祟られて主家を潰そうとは、金子自身も知らなかったであろう。